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2002年11月26日
朝早く破水し、前駆陣痛の開始から8時間後、たまたま今日は産婦さんはヨメだけの分娩準備室に到着。
背中をさすってやりつつ、ドップラー心音計と子宮内圧モニターを見ながら陣痛間隔をPDAのスプレッドシートに記入してみます。
周期的な子宮内圧の上昇とともにポゴの心拍も急上昇します。 がんばれポゴ、がんばれヨメ。
約14時間後の深夜0時30分、陣痛間隔が3分を切り始めました。 そろそろかなとおもいつつ背中をさすり続けてやるものの、午前3時ごろには陣痛間隔が再び6分以上に戻ってしまいました。 背中さすりを当直の看護婦さんにお願いして建物のそとで一服すると、 澄み切った夜空にまばゆいばかりの半月。それに負けないくらいにはるかな星ぼしからの光が輝いていました。 夜が明けると、とうとう陣痛間隔は10分以上に。 このままでは母親の負担が大きくなりすぎてしまいます。 朝一番で担当の先生はアトニンの投与を指示。 もうしばらくかかるからと看護婦さんに言われ、いったん病院を出て仮眠をとることにしました。 が、ベッドに入って30分後に再び病院から呼び出し。 シャワーを浴びて病院に戻り、分娩室に。 すでに前駆陣痛から24時間を経過しています。 |
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2002年11月27日
ようやくポゴが肺呼吸モードに切り替わりました!! 2002年11月27日日本時間午後02時02分。 体重2737グラム。
前駆陣痛開始から28時間の苦闘でした。 直後の写真が撮れなかったのが残念でした- がんばって出てきたのでアタマがまるで布袋様でした。
この写真は3日後撮影。アタマのアスペクト比はずいぶん普通に戻っています。 ほっぺたの赤い線は新生児黄疸の光線療法で使用されたゴーグルの跡。 |
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2002年12月03日
当初可能性のあった黄疸による延長入院も不要となり、予定通りに退院。
インファント・シートの導入が間に合わず、不本意ながらクーハンに入れたままの搬送と相成りました。 もちろん普通に走っていれば大丈夫とはいえ、 どんな事態が起きるかわからない公道ではいつでも緊急回避行動がとれるようインファント・シートを買うべきです。 |
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2002年12月03日
ヨメの実家にご到着。
ポゴの最初の車はスズキ ワゴンRでした。 アレクセイ・レオーノフ号は 4番シリンダのインテーク側ロッカーアーム破損 のため修理中で、これはその代車。 ちなみに初期4D56のロッカーアームというものは折れるのが相場だそうで、 私が特に荒い扱いをしたからというわけではなさそうです。 中期からは対策部品が入っているそうです。 |
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2002年12月03日
おそとの空気はおいしい? まだ目はあまり開きません。
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2002年12月03日
元気そうに見えますがヨメは体力を使い果たしていてグロッキー。 母乳分泌不良に苦しんでいます。
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2002年12月03日
退院祝いにばあばがお赤飯を炊いてくれました。 これから忙しい日々が始まります。
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